私の実家は農家で、3人きょうだいの長女として育ちました。父親が42歳で他界してからは、母が女手ひとつで養ってくれたんです。看護学校への入学を勧めてくれたのは母ですが、「手に職を持って、何があっても食べていけるように」と考えてくれたのでしょう。

 看護学校で寮生活をしていた19歳の時、製鉄会社の社員さんたちとグループでハイキングをしたんです。その時、主人と出会って「他の人とはどこか違うな」と魅力を感じました。「この人といると、何か特別な体験ができそう」というわくわくした直感のようなものがありましたね。

 病気のことは、お付き合いを始める時に聞きました。「いつか透析をするかも」という思いは頭の片すみにありましたが、現実的な不安ではなかったです。結婚を決めた時、母は主人の病歴を理由に反対しましたが、私は「この人に決めたから」と押し切りました。その時はまさか、すぐ目の前に闘病生活が待っているとは思いもしなかった。

 

家族の思い出を作る日々

 

 結婚の翌年、24歳で長男を出産しました。息子が生後3ヶ月の時に主人の病状が悪化して、透析をすることになったんです。透析室の教授からその話をされた時は、抱いていた我が子を床に落としそうになりました。そのぐらい大きなショックでした。

 私はずっと看護師として働いていましたが、同じ病棟のドクターに「川島さんのだんなさん、透析を始めたんなら、もう長生きできへんな。あと4、5年の命やと思っといたほうがええで」と耳打ちをされたんです。すごく悔しかったですね。でも、心のないあの言葉があったから「絶対に主人を長生きさせてやる」とがんばれた。40年ほど前のことやし、透析医療もまだ始まったばかりでしょ。今は医学が進んでいるから大丈夫やけど、当時はまだそんなふうに言われる時代だったんです。

 続いて次男も生まれて、私は主人の看病と子育てと仕事に必死で、精神的にもしんどい時期でした。そんな中でも「家族の思い出を作っておこう」という気持ちが強かった。「4、5年の命」と言われたことが常に頭にあったんですね。だから家族旅行にもよく行きました。旅先で透析をしてくれる病院を手配せなあかんし、普通の旅行よりは高くつきますが、お金がなくても郵便局で借金をして旅行をしましたよ。「無い袖は振れんって言うけど、お母さんは無い袖でも振る人やな」と主人に呆れられましたけど(笑)。

 旅行中はいつも私が、家族が遊んでいる様子をビデオカメラで撮影しました。今みたいにコンパクトなカメラじゃなくて、大きな重たい機械を担いでどこにでも行きました。子どもたちに、お父さんの動いている姿を残しておきたかったから。

 

透析も私たちの日常

 

  つらかったのは、主人が55歳で難病の後縦靱帯骨化症(こうじゅうじんたいこっかしょう)を発症した時。「昨日できたことが今日はできない」という繰り返しで、症状がどんどん悪化したんです。主人は透析に関しては強い精神力を持っていますが、さすがにあの時は夫婦で落ち込みましたね。見かねた知人が、代替医療のカイロプロティックや薬石治療を紹介してくれました。その治療が功を奏して、再び歩くことができるようになったんです。本当に感動的な出来事でした。

 主人は第1級の障害者ですが、「自分が家族を守っていかなあかん」という強い気持ちを持ち続けています。そこが素晴らしいなぁと私は思うし、人として尊敬できます。結婚生活は波乱万丈だったけど、感動は多かったです。病気をちょっとでも克服できたら感動するし、家族旅行も感動的で、楽しい思い出になりました。生きているだけで幸せを実感できるのも、二人の息子が心やさしく育ったのも、病気があったおかげやと思うんです。

 透析のことは、皆さんが「大変やね」って言ってくれるけど、私たちにとったらこれが日常です。透析の日は病院まで送って行きますが「もしかしたら、このまま帰ってこないかも」と背中を見ながら切なくなることもありますよ。だから帰ってきたらすごく嬉しいし、ほっとするんです。病気が夫婦の心をつないでくれたおかげで、この結婚が続いたのかな。

 

スパルタの応援隊として

 

 主人の透析歴が30年を過ぎた頃から、小さな感動がだんだん大きな感謝の気持ちに変わってきたことを実感しています。ここまで長生きできていることが感謝やし、一緒にいられることがありがたい。世間の皆さんに対しても、感謝の気持ちが大きいです。ずっと主人を応援してきたけど私はスパルタの応援隊やから、やさしい顔ばかりはしてないんですよ。仕事も闘病もボランティアでやっている“劇団桜吹雪”の活動も、私は叱咤激励する一番の応援隊です。

 今はユメージング珈琲の仕事を一緒にできることが嬉しいですね。近ごろ注目されている水素水を使用して、さらに新しいコーヒー作りに挑戦してまいります。育成光線で熟成させたコーヒーの健康的なおいしさが、少しずつ広がっていきますようにと願っています。ひょっとしたら初めて出会った時に感じた「特別な体験ができそう」という直感は当たっていたかもしれないですね。あ、そやけど来世はもう一緒になれへんかも。今度はちょっとゆっくりさせてほしいわ(笑)。

 

   聞き書き/北浦雅子(ココラボ出版)

家族写真

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